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南禅寺・南禅院
東本願寺[渉成園]

 南禅寺の大方丈前面の庭園は俗に「虎の子渡しの庭」と呼ばれ、小堀遠州の作と伝えられています。
 南禅院の庭園は当時のおもかげを残し、鎌倉時代末の代表的池泉回遊式で、周囲を深い樹林で包まれた幽玄閑寂の趣は格別である。作庭は亀山法皇ともいわれ、早くから、京都の三名勝史跡庭園の一つに指定されています。
 向かって左の奥に滝口の石組みが組まれ、上池は曹源池と呼ばれ竜の形に作られ中央に蓬莱島があり、下池には心字島が設けられています。記録によれば築庭当初には、吉野の桜、難波の葦、竜田の楓等が移植され、井手の蛙も放たれたと記されています。心静かに鑑賞する庭園です。

 渉成園は、真宗大谷派の本山(真宗本廟)の飛地境内地で、周囲に枳殻(からたち)が植えてあったことから枳殻邸(きこくてい)ともよばれています。
 この地は、もともと平安時代初期(9世紀末)嵯峨天皇の皇子左大臣源融(みなもとのとおる)が、奥州塩釜の景を移して難波から海水を運ばせた六条河原院苑池(ろくじょうかわらのいんえんち)の遺蹟と伝えられています。その後、1641(寛永18)年、徳川家光によってその遺蹟の一部を含む現在の地が寄進され、さらに、1653(承応2)年、第13代・宣如上人の願いによって石川丈山が作庭したのが渉成園のはじまりです。
何有荘
くろ谷  金戒光明寺
何有荘は元南禅寺塔頭の址地で,明治の実業家で、染色事業や映画興行で有名な稲畑勝太郎氏が明治の代表的造園家・小川治兵衛(植治)に命じて作らせた約6000坪の大庭園です。東山を借景として配し、また京都市内を一望できます。  大本山金戒光明寺の庭園で、法然上人の生涯やゆかりの人々などを大小の石で表現した枯れ山水の庭園である。法然上人800年大遠忌記念として作庭されたもので、全体が「幼少時代」「修行時代」「浄土開宗・金戒光明寺の興隆」の3つの部分にわかれています。
けいはんな記念公園
無鄰菴
 平安遷都1200年の記念事業として建設された関西文化学術研究都市記念公園(けいはんな記念公園)の回遊式庭園です。水景園は日本庭園だけでなく田園風景や里山等があり四季折々の日本の原風景を楽しめる庭となっています。また観月橋という橋の上から見下ろす紅葉は他の庭園と違った景色を見ることができます。  無鄰菴の庭園は、東山を借景とし、疏水から引き入れた水の流れがゆったりとした曲線を描いている。東端には醍醐寺三宝院の滝を模した三段の滝。池、芝生を配した池泉廻遊式庭園。明治の代表的造園家・小川治兵衛(植治)の作。昭和26年に明治時代の名園として国の「名勝」に指定されています。

京都パープルサンガ______

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